無関心

「ああいう年寄りって、なんでだかいつもこのくらいの時間のバスに乗ってるよな。運転手にあれこれ訊いてる。これはどの系統のバスなのかとか、どこを通るのかとか、到着時間だとか。乗るならさっさと乗れよ、くそばばあ。乗らないなら、とっとと降りてくたばっちまえ。他人の迷惑を顧みない婆さんのセコさと運転手の甘っちょろい寛大さに怒りがふつふつと湧いて、俺は窒息しかけていた。最近の若い者の破壊行為がどうとか、よく文句が言えたもんだよな。この婆さんみたいな年寄りの精神的破壊行為は許されるのかよ?ようやく乗り込んできても、婆さんはまだ図々しくべちゃくちゃしゃべり続けてた。」

「婆さんは俺のすぐ前の席に腰を下ろした。俺は婆さんの後頭部に視線をぎりぎりねじこんで、脳卒中か心臓発作でも起こしてくれと念じた。いや、だめだ。俺は途中で念じるのをやめた。だってホントに死なれてみろ、ますます時間を食われるだけじゃねえか。それに、この婆さんには苦しみながらゆっくり死んで欲しい。俺に与えた苦痛分を償ってもらいたい。婆さんが一瞬のうちに死のうもんなら、周囲の人間に大騒ぎする口実を与えちまう。世間はきっかけさえあれば空騒ぎする。そうだ、癌がいいな。婆さんの体内で悪性の細胞が成長し、増殖するよう念じた。細胞が増殖していくのを感じられるような気がした・・・・・・だが、増殖しているのは俺の体の中でだ。もうくたくたで、念じる力も残っていなかった。婆さんへの増悪も消え失せた。残ったのは究極の無関心だ。婆さんはもうこの瞬間の外に遠ざかっていた。」