無関心

「ああいう年寄りって、なんでだかいつもこのくらいの時間のバスに乗ってるよな。運転手にあれこれ訊いてる。これはどの系統のバスなのかとか、どこを通るのかとか、到着時間だとか。乗るならさっさと乗れよ、くそばばあ。乗らないなら、とっとと降りてくたばっちまえ。他人の迷惑を顧みない婆さんのセコさと運転手の甘っちょろい寛大さに怒りがふつふつと湧いて、俺は窒息しかけていた。最近の若い者の破壊行為がどうとか、よく文句が言えたもんだよな。この婆さんみたいな年寄りの精神的破壊行為は許されるのかよ?ようやく乗り込んできても、婆さんはまだ図々しくべちゃくちゃしゃべり続けてた。」

「婆さんは俺のすぐ前の席に腰を下ろした。俺は婆さんの後頭部に視線をぎりぎりねじこんで、脳卒中か心臓発作でも起こしてくれと念じた。いや、だめだ。俺は途中で念じるのをやめた。だってホントに死なれてみろ、ますます時間を食われるだけじゃねえか。それに、この婆さんには苦しみながらゆっくり死んで欲しい。俺に与えた苦痛分を償ってもらいたい。婆さんが一瞬のうちに死のうもんなら、周囲の人間に大騒ぎする口実を与えちまう。世間はきっかけさえあれば空騒ぎする。そうだ、癌がいいな。婆さんの体内で悪性の細胞が成長し、増殖するよう念じた。細胞が増殖していくのを感じられるような気がした・・・・・・だが、増殖しているのは俺の体の中でだ。もうくたくたで、念じる力も残っていなかった。婆さんへの増悪も消え失せた。残ったのは究極の無関心だ。婆さんはもうこの瞬間の外に遠ざかっていた。」

 

ROTTEN

「な?おまえもそう思うだろ、スパッド。ヘロインをやってるときは、それだけですむよな。この前、軍に戻る契約書にサインしたんだぜ。あの馬鹿、ベルファストに行くらしい。兄貴の頭がどうかしてるってのは前から知ってたよ。帝国主義の下僕だ。けどな、兄貴が俺に向かって何て言ったか聞きたいか?こうだぜ。‘‘俺は民間人になんかなれそうにねえよ。‘‘とだ。それに自分が打つ方の立場だしな」

「レンツ、それってちょっと強引すぎる理屈って気がするけど」

「いいから聞けって。考えてみろ。軍にいれば、軍が何でもやってくれる。食い物の心配はいらない。基地にあるしけたクラブで酒だって安く飲める。ほら、兵隊が基地の外で飲んで暴れたりして、軍の評判が下がったり、近所の住人を怒らせたりしたらまずいからな。ところが除隊になった途端、何から何まで自分でやらなくちゃならなくなる」

「そうだね、でもさ、やっぱりちょっと違うよ、だって・・・・・・」

「ああ、ああ・・・ちょっと待てって。聞けよ、最後まで言わせてくれ・・・どこまで話したっけ?・・・・・・そうだ!いいか。ヘロインをやってると、ヘロインを手に入れることだけ心配してればいい。ところが、ヘロインをやめると山ほど心配ができる。金がなくちゃ酒も飲めねえ。かといって金がありゃ飲みすぎる。女がいなけりゃやるチャンスもねえ、いたらいたであれこれ干渉されまくる。それでも我慢するか、爆発しちまって後悔するかだ。請求書や食べるモノの心配もあるし、税金の心配もしなくちゃならなかったり、セルティック・サポーターのネオナチどもにぶちのめされないように用心したり。どれもこれも、ヘロインをやってるときはどうでもよかったことばっかだぜ。一つのことだけ心配してればいいんだ。人生は単純そのものになる。な、納得したろ?」

「まあね。でも、それも悲惨な人生だよね。生きてるって言えないよ、そんなの。だって禁断症状がくると・・・あれは最低中の最低だろ・・・全身の骨がぎしぎしいったり・・・毒なんだよ。単なる毒・・・だからそんなこと言わないでよ、またあんな生活に戻りたいなんてさ。どうせ出任せで言ってるんだろうし」

「そうだな。くだらねえことをついしゃべりすぎた。ほら、セックス・ピストルズがかかったぜ」